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真理を追い求めるピエロ


(山猫さん、ダンバイス君をおかりしました。また名前だけですがラークさん、キール君もお借り致しました。この場をお借りしてお礼申し上げます)


***


真夜中。キーボードを叩く音がアール・ラスティネイルの研究室に響く。電気はついておらず、おそらく昼間からずっとディスプレイに張り付いているのであろう。
何度もたたかれるエンターキーは少し反応が悪いらしい、複数回叩かれている。
「終わった……」
ようやく仕事が終わったらしくアールは背もたれに思いっきりもたれかかる。古い木のイスが音を立てた。
「データ、とばないうちにバックアップとっておこう」
資料や工具、部品の棚……むしろ、山と言うべきか。そこから保存用のメモリーカードを2枚とり、クライアント提出用と自分の保存用をつくった。1分ほどして無機質な音を立てて保存が完了させる。
「これでしばらくの仕事は来ないはず。メールがきたら自動返信されるし。1週間くらいなら」
何かを考えるアール。口元がふっと笑った。
凡そ半年ぶりにパソコンの電源を切り、彼女は眠る。毎日うるさくなっていたファンの音が聞こえない分、外の虫の声が煩くも心地よく感じる。ああ、すっかり季節は秋に近付いているだ、と。
(最近は食べ歩きにもでていなかったっけ、あそこの飲茶のおじさん元気かなあ。そういや、最近院の研究室にも行ってないか。いくら夏休みとはいえ論文かかないとな……。次のテーマは何にしようか、)
そんなことをぼんやりと考えているうちに空が白み始めてくる。いくら秋が近くなっているとはいえ、まだまだ夏。

翌日、彼女は研究室から姿をくらませた。
「誰か、誰でもいい!アールをみなかったか!?」
彼女の兄がそれに気がついて研究室を飛び出すのはその後の話。


「ごめん、グレイ」
研究室から飛び出したアールは兄に少しだけ詫びを入れ、後ろを振り向かずに一直線に走り出した。向かうのは住宅街の向こう、中心街。

(私がここまで研究以外に没頭したことってあったっけ。……ううん、なかった。遊びにも、ファッションにも、興味なかったし、なにより……)

駅に到着した彼女は、中心街行きの列車に乗る。目の前には仲の良さげな家族や、楽しそうに会話をする人々。久しぶりにみる光景に一瞬目眩を覚える。
彼女にとっては、優しい両親がいたという記憶がない。親友がいたという記憶が無い。

(私には、この世界、眩しすぎる)

目的の駅につくまで、堅く目を閉ざし、寝ているフリをするアール。
人の声よりも、列車の車輪が出す音に心地よさを覚えるなんて、随分と感覚がおかしくなってるのかもしれない。


「ギルド所属のアール・ラスティネイル。今回は一体何をすればいいの?」
雑居ビル1階。研究時に汚れてはいけないとおもい外している腕章、今だけはしっかりと腕につけている。
「この地下に部屋があります。地下に降り、その中の存在を倒してきてください」
「それ、だけ?」
「そうです」
「私、実働向きじゃないんだけど。戦いとか、無理だけど」
「心配はいりません」
「ふーん。じゃあ、行くけど、」
「貴女は地下10階が最下層になります」
「10階……。わかった。ありがとう」
必要最低限の会話を交わした彼女は地下1階への階段を駆け下りた。

降りた先は、何故か研究室。パソコンに向かっているいつものアールが彼女の目の前にいる。
(私って、普段あんなに必死にパソコンにむかってるんだ)
眺めていると、あるはずの無い窓が震える音が聞こえる。雨が激しく窓ガラスを叩いているようだ。黒すぎる雲が窓の外から聞こえる。
(そろそろ、来る……!)
アールが身構えた瞬間、窓の外が光って、電気が消えた。もちろんパソコンの電源も落ちる。
「あーもう!データとんだ!雷とか!」
目の前の自分でないアールが悔しそうにがたがたとキーボードを鳴らす。

「確かに、雷ででかいデータ飛んだことあるけど、それ対策でバックアップソフトいれてるから別に今は嫌なことでもないんだけど」

アールがぽつりとそういうと目の前の研究室がきえる。扉が向こう側に見える。
「もしかして、自分の嫌いなことと戦うってこと?」
それにしてはあまりにも楽すぎる最終戦。すくなくとの前のカジノより楽である。
不思議に思いながらも下へと向かうアール。

地下2階、初めて食べたときに虫が混入していてそれ以来苦手なロールキャベツ。
地下3階、データの入ったマイクロチップを棚の隙間に落としてしまうこと。
地下4階、苦労して作った発明品の特許を他の人にとられてしまうこと。
どれもトラウマというには優しすぎる。ただし、階を下ると少しずつトラウマ度があがっているような。
(されたら嫌だし、二度とされないように、って思うけど。まあ、まだ向き合えるくらいだし、今回は楽に星10個稼げそう)

地下5階の扉を開ける。そこには、つい先日みたカジノの光景が広がっていた。
「よう、お嬢ちゃん、その星を賭けて勝負しようじゃないか!」
「え、あ、いいけど」
のっぺらぼうのおじさん(おそらく声の感じ的に50代ぐらいだろう)がアールを手招きする。……のっぺらぼうなのはポーカーフェイスにするためなのか、それともホラーが苦手なアールへの挑戦なのか。
くっ、っと喉のおくで悲鳴をころして、おじさんのあとをついていく。案内されたのは、
「ダ、ダイス……!」
アールはポーカーこそ強いが、ダイスはカジノゲームのなかで最も苦手としている。なんでも『理屈じゃない』とのこと。
「さあ、お嬢ちゃん、星は何個賭けるかい?おじさんは5つ」
「え、あ、うーん……」
おじさんに視線を合わせないように彼女は下を向く。手元には全部で6つの星がある。
おそらくここを抜けるには、このゲームに勝つか、こののっぺらおじさんをどうにかしないといけない。
「私も5つ!勝負!」
おじさんに視線をあわせずに、できるだけ大きな声で応えるアール。……どうやら、ホラーはかなり苦手の様子。

「お?なーんだ、おじさんの勝ちじゃないか、お嬢ちゃん、負けだよ」
そういって嬉しそう(あくまでも表情がないのでそういう雰囲気)におじさんはアールの5つの星を奪った。
「……成る程。ここって、そういうことか」
睨みつけるようにのっぺらおじさんを睨みつける。彼女的には目を睨みつけているらしいが、本当にそこが目なのかはおじさんにしかわからない。
異能を抑える腕輪をはずしたアール。グレイに指示されて3年前から使っていない異能を発動させる。手首に痛みがはしるがそんなことは気にしてられない。
「ダイスって苦手だけど、トラウマってほどじゃないんだよね。ここでのトラウマって、あなただったんだね」
にっこりと笑顔でおじさんの胸ぐらを掴むアール。煙を上げておじさんの服が溶ける。

「実力行使。させてもらうから」


無事に地下5階を切り抜けたが、星の数は2つ。最初にこの地下に降り始めたときと同じ数にもどってしまった。
おじさんにとられた5つを取り返そうと思えば出来たが、できるだけ早く部屋を切り抜けたかったこともあり、つい置き忘れてしまったようだ。だからといって取りにもどるという気力もない様子。
(せめて一つくらいは増やして帰りたいよね)
少し痛む手首にグレイ特製の薬を塗った。妙な匂いがするけれども、翌日に痛みに悶え苦しむよりもずっとましだ。
「少し休憩したほうが、いいか」
針を何度か突き刺したかのように痛む両腕を気にかけて階段に腰掛けるアール。異能が身体を蝕むと知ったのはいつだったか。
普段は制御しているので何も問題は無い。ただ、こうやって久しぶりに発動させるとどうも異能を扱いきれないらしい。年々、力が強くなっていく得体の知れないこの能力に恐怖を覚えはじめている。
(今はそんなことより、前に進まないと)
不安を追い払うように勢いよくボトルの水を飲み干して彼女は次の部屋へと進んだ。

「ここって、異邦人街、だよね」
見覚えの無い景色。ただ、どことなく漂う雰囲気がたまに足を運ぶ異邦人街と似ている。
少し古びた木の標識には1番街と書かれているのが見える。辺りは薄暗く、それ以上を読むことはできない。時計が無いので時間はわからないが、雲の隙間からたまに覗く満月の位置からするとおそらく真夜中なんだろう。
「これの一体何がトラウマだって言う、……!?」
何かの気配を感じて振り向く。だが、そこにあるのはただ先の見えない暗闇。
「逃げないと……!」
地面を蹴って走る。兄みたいに速くは走れないけど、全力で走れば、得体の知れない何かを振り切れるはずだ。
「逃げても無駄だぜェ!」

聞き覚えのある声に背筋がぞっと凍る。

身体が一瞬止まりそうになるが、頭の中で警鐘がなり続けているおかげで足を止めずに走り続ける。
(走れ、走れ、走れ、逃げるんだ、後ろを見てはいけない、逃げ切れ!)

それは次の瞬間だった。

脇腹に何か重いものがぶつかったような痛みがはしった。
痛みに思わず目を開き、足がとまった。右の脇腹から血が漏れだしているのを感じる。
「追いかけっこはオシマイだァ!」
後ろから聞こえる声。暗闇で相手がどこにいるかさえわからない。
アールは奥歯をつよく噛み締めて、発明品である照明弾を地面に叩き付ける。辺りが急に昼のような明るさになった。

「チッ!折角いたぶってやろーと思ったのによォ!」
現れたのは今の自分とそう年齢が変わらない少年。少年、というより化け物かな、とアールは後に語る。
「こんなやつ、異能がなくたって殺せるぜ!」
ニヤリ、と口元を歪める。牙が不気味にも光っている。
(こいつ、獣人か……!)
まともにやり合っては負ける。追いかけっこしてもおそらく追いつかれる。さっきまではおそらく遊び程度だったんだ。
恐怖で身体が震える。そんなアールの姿を見た敵、紅龍会のリュンクスは大きく口元を歪めて笑う。
「泣き叫べ!俺を楽しませろよォ!」
「……こ、断る!」
大声で反論し、銃を構えるアール。これもちなみに発明品の一つで、彼女の異能を応用できる武器の一つである。
アシッド・ハンド。手を酸性にして万物を溶かす能力。その力を弾丸に込め、万物を溶かす酸性弾として放つことに成功した銃。金を基にした特殊な合成金属で出来ており、唯一無二の彼女の武器である。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。銃の腕は全くないが、とにかくリュンクスに向かって10発打ち込んだ。
そのうちの1発が焼けた石に水をかけるような短い音を立ててリュンクスの頬をかすめた。
反撃にでるとは思わなかったのだろう、彼は一瞬だけ驚く。しかし、その間は1秒もなかった。
「ざけんなよ、餓鬼が!」
先ほどの不気味ながらもまだ余裕のあった笑みは消え、怒りと憎しみの入り交じったひと睨みがアールを凍り付かせた。
「……っ!」
痛みが襲った。リュンクスがアールの腹に一撃加えたのであろう。軽々しく彼女の身体は飛び、壁に叩き付けられた。
咄嗟に発明品である『衝撃!なんでも吸収君』を展開したおかげで背中からくる痛みは殆どなかったが、殴られた腹の痛みはどうも消えない。
照明弾もだんだんと明かりが弱くなってきている。もって3分ほどだろう。その前に彼から逃げるか、気絶させるか。そうしなければ彼女に勝ち目は無い。
「おいおい、逃げようなんて思ってんのか?」
(駄目だ、逃げれない。全力で走ってもあれだったというのに、この怪我した状態じゃ……)
リュンクスの鉤爪が彼女に襲いかかる。肩に三本のラインが刻まれる。焼け付くような痛みが彼女に襲いかかった。
「血の匂いは最高だぜェ!」
(化け物、め……!)
恍惚とした表情をする敵。どっからどうみても余裕の表情だ。
ただ、アールが怯え、慌てふためく姿を見るがために生かしているかのよう。これほどの力の差があるなら彼女を殺すことくらい、赤子の手をひねるのと同じくらい容易いであろう。
「そろそろ飽きた、ぐちゃぐちゃに刻んでやるよォ!」
銀色に光る鉤爪。恐怖に負け、敵に背中を向けて再度走りだすアール。
「逃げても無駄、無駄、無駄ァ!」
「っぁああっ!」
背中に強烈な痛みがはしり、その場に倒れ込む彼女。嫌に近付いてくる足音だけが聞こえてくる。
「これで、オシマイにしようぜェ!」




気がつくとそこは異邦人街の路地裏なんかじゃなかった。
「お目覚めですか?」
「……誰」
「運営委員会医療班、ダンバイスです。半日前に最終戦の説明をしたものです」
視界がはっきりしてくるとやっと目の前にいる男性が、地下に潜る直前に言葉を交わした運営委員だとわかる。
「ここは?」
「緩衝地域の病院です。幻覚とはいえ命の危機でしたから」
どうやらあのあと完全に意識を失っていたらしい。傷自体は残っている感じはしないが、異能によって爛れた腕の面積が変わっている。夢ではなかったことを実感する。
「もうすぐ貴女の家族がここにくるでしょう。それまでごゆっくりして下さい」
「……どうも、ありがとうございます」
それだけ言い残したダンバイスは病室から出て行ってしまった。次の仕事でもあるのだろうか。だが、そんなことはアールには関係ない。

異邦人街の路地裏、真夜中、背後からの敵。
薄れている記憶の奥底からひっぱりだして、一つの過去にたどり着いた。
「あれが、背後に立たれるのが嫌な理由、だったんだ」
アールの記憶はとてもぼんやりしたところが多い。
本人にも何故かはわからない。ただ、自分自身の記憶が明らかに少ないと思い始めたのはつい最近の話だ。
発明品のレシピは第1作目から今の635作目まで全て覚えているっていうのに。
(年齢もあるかもしれない。自分で発明品をつくりはじめたのは5年前だったし)
それだったら今回の一件は一体何年前の話なんだろう。

「どうして兄さんの言うことを聞いてくれないんだ、アール!」
病室に駆け込んできたグレイはアールを叱りつけた。びくっと肩が揺れる。
「別に行動を制限しようとは思っていない、だけどな、アール、俺はもう家族を失いたくないんだ、わかってくれるか?」
「……ごめんなさい」
「運営委員会から連絡が入って病院だって知った時は本当に死ぬかと思った。……本当に命に別状がなくてよかった」
グレイは元気そうなアールをみてほっと一つ息をはく。
「ねえ、グレイ。昔に私が異邦人街で迷子になったことない?」
「7年前の話だ。あのときはちゃんと助け出せたからよかったものの…って、アール、それ何処で知った」
「この最終戦。トラウマと戦うみたいなことがあって。暗闇から化け物が追いかけてきた」
「確かにアイツは化け物クラスの強さだったよなー」
「もしかしてグレイ、そいつと戦ったの?」
「ま、そんなとこ。そのときに自分に異能があること知ったからなー」
あははーと過去の話を笑い飛ばすグレイ。ますますこの兄にはかなわないとアールは思った。

「戦ったっつーか逃げ切ったってだけだけど」
「……そうやって余計なことあとでくっつけるから彼女に振られるんじゃない?」
「なっ!それは言うな!つーかなんでアールが俺に彼女いたこと知ってんだよ!」
「ラークさんに教えてもらった」
「くそ!あいつ……!」
「他にもリーダーとかから……」
「これ以上抉るな!やめろ!」
病室にグレイの声が響いて他の患者に怒られ、看護師にまで怒られたのはこのあとの話。

後日、アール・ラスティネイルはこう語ったそうだ。
「私にとって眩しすぎる世界だけど、少しは生き甲斐のある世界だと思えるようになったかな」

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